大阪地方裁判所 昭和33年(行)46号 判決 1965年6月12日
原告 株式会社 宇治屋
被告 大阪国税局長
訴訟代理人 叶和夫 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、請求原因一、の1の事実は当事者間に争がない。
二、前項のとおり訴外税務署長は法人税法第三一条の四第二項に基づき原告の本件事業年度の所得を推計し本件更正決定したものであるところ、被告はその理由として、原告は現金売りを主体とする製茶小売商でその帳簿組織及び経理方法は現金主義に基づいているにもかかわらず、現金管理の方法に欠陥があり、かつ原告の帳簿記帳並びに原始記録の保管が極めて不完全で、これによつては原告の所得の正確な収支計算ができなかつたので原告の所得を推計せざるを得なかつた旨主張し、原告はこれを争うのでまずこの点につき検討する。
原告が大阪市北区里崎町三八番地に本店を、同市北区本庄中崎町公設市場内に直売所を有し、全仕入額の七〇%を農家より原茶で仕入れ、これを国鉄城東線天満駅附近の高架下の倉庫兼作業所で加工製品化し、製品として仕入れた茶と共にこれを右本店及び本庄市場直売所で販売していたこと、原告が現金売を主体とする製茶小売商でその帳簿組織は現金主義(売上商品の受渡しに関係なく実際に現金の支払を受けた時に売上高を計上する方法)に基いており、かつその備付帳簿が金銭出納帳、銀行帳、買掛帳及び総勘定元帳であつたことは当事者間に争がない。
ところで前記争のない事実に成立に争のない甲第一ないし一五〇号証、一五二ないし三六三号証(但しいずれも技番を含む、)乙第一〇、一一号証、証人東三之、同東米吉、同村上喬及び同松成直一の各証言及び原告代表者本人尋問の結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く)を綜合すると次の事実が認められる。
1 原告は本件事業年度の期日である昭和三一年四月一日から`同年一〇月一日までは日々の現金売上を各取引ごとに記入した売上メモを作成し、同メモに基づいて本店、本庄市場直売所及び外売の三つに分けた売上伝票を作成し、原告の顧問計理士森本某の補助者訴外東米吉が右売上メモに基いて入金伝票を作成したうえ、金銭出納帳に記入していたが、昭和三一年一〇月二日頃金銭登録器を備付け、同日より本件事業年度の期末である昭和三二年三月三一日までは金銭登録器の記録紙に表われた売上高を日々の売上高とし、前記訴外東米吉が右記録紙に基づいて入金伝票を作成し金銭出納帳に記帳していたが、原告はその代表取締役健次及びその家旅が経営する同族会社で、原告の家族或は店員が店舗に備え付けてある金銭登録器から適宜現金を取り出し、昼食代等に当てることもあるため、金銭登録器の記録紙の売上高とその現金在高が一致しないことがあつたこと、原告の損益計算書等決算書類上算出される本件事業年度の現金売上高は五、二二五、二一三円(この点については当事者間に争がない。)であるのに原告の売上伝票及び記録紙による売上高は五、二二一、四七九円であり、かつ右売上伝票及び記録紙の日々の売上高と現金出納帳に記録されている日々の現金売上高との間には八〇数回にわたる不符合かあること、
2 原告は、仕入取引に関する帳簿としては買掛帳を備えているのみで、仕入帳を備えておらず、かつ農家より仕入れた原茶の納品書を保管していなかつたこと、
3 原告がその経費として帳簿上計上している水道、光熱費の中には、原告の本店に居住している健次及びその家族が使用した電気、水道及びガス料金か含まれており、その反面原告がその営業上使用したガス料金の一部が原告の経費に計上されていないこと、
4 原告の外売は殆んど掛売であるが、売掛帳を備えておらず、毎月一定の日に集金して来た売掛金を一括して入金伝票に記入し、同伝票に基いて現金出納帳の記帳をしていたが、昭和三一年四月一日から同六月一六日までの売掛金請求書が紛失していたこと、
5 原告は期末に二一枚の修正伝票を起票し、増田商店に昭和三一年六月二五日前渡金四〇、〇〇〇円支払の記帳を、買掛金の支払に訂正した他、その総勘定元帳の買掛金勘定或は仕入勘定の記帳漏れ或は重複記帳を前後二〇回に亘つて修正していること、が認められ右認定に反する証人東三之の証言及び原告代表者本人尋問の結果は信用できない。
以上認定事実を綜合すると原告は現金主義に基いて記帳しているにもかかわらず現金管理に確実性を欠き、又その帳簿記帳は必ずしも正確でなく、原始記録の保管も不充分であり、更に会社経理と個人経理が混淆している点が見うけられるので、原告備付帳簿によつては正確な収支計算ができないものとして、法人税法第三一条の四第二項に基づき原告の本件事業年度の所得を推計した訴外税務署長の本件更生決定は適法なものといわなければならない。
なお原告は損益計算書等により算出される現金売上高は五、二二五、二一三円、記録紙の売上高は五、二二一、四七九円、現金売上記帳額は、五、二二八、三六五円でありその誤差は五二二万円台の僅か数千円に過ぎないから原告の帳簿記帳は正確である旨主張し、その数額上の誤差値がその主張のとおりであることは当事者間に争のないところであるが原告は右売上伝票の基本となつた売上メモ及び記録紙に表われた売上高を日々の売上高として記帳する方法を取つていたのであるから、その記帳が正確であれば右のような不符合が生ずる余地はないのであり、現にかかる不符合が生じているということは前記1ないし5の事実とあいまつて原告の帳簿記帳の不正確さを表わすものといわなければならない。
なお被告は、原告、(一)昭和三一年五月三一日高架下倉庫の賃借権を九五、〇〇〇円で譲受けたが、原告の帳簿にはその旨の記帳がないこと、(二)昭和三二年四月一日天満直売所の店舗を借受けその権利金として一〇〇、〇〇〇円を支払つたが、原告の帳簿にはそのうち、五〇、〇〇〇円しか記帳していないこと、(三)本店の商品一式につき富士火災海上保険株式会社と火災保険契約を締結し昭和三二年六月二四日同会社に対し保険料一、一〇〇円を支払つたが、原告の帳簿にはその旨の記載がないこと、(四)昭和三二年六月一五日北田茶こし商に対し四八〇円を支払つたが原告の帳簿にはその旨の記載がないこと、(五)昭和三二年七月頃訴外税務署の係官が原告方を調査した際、原告の本店、本庄市場直売所及び天満直売所に各備付けてある金銭登録器の記録紙の売上高と現金在高が一致しなかつたこと等を理由に原告の帳簿は信憑性がない旨主張するが右のうち(一)の高架下倉庫は、証人東三之及び同東米吉の証言並びに原告代表者本人尋問の結果を綜合すると、元早川工業が国鉄より貸借していたのを、三之が九五、〇〇〇円でその貸借権を譲り受けたことが認められるから、右金員の支出を原告の帳簿に記帳していないのは当然であり、成立に争のない乙第二ないし四号証、第六号証に証人東三之及び同村上喬の証言を綜合すると、訴外税務署の係官である訴外村上喬が原告方を調査した際右(二)ないし(五)のような事実が確認されたことが認められるが、右各事実は本件事業年度の翌年度に関する事項であるからこのことから直ちに本件事業年度中の原告の帳簿記帳が不正確で直実を表わしていないものと断定することはできない。更に被告は原告の期末棚卸高と棚御直後の売上高とが符合しないこと、原告の仕入先である訴外小林武一宛に発送した照会文書が二回にわたつて返戻された事実等から、原告の期末棚卸は不正確でありかつその帳簿には架空仕入の記帳がある旨主張するが、証人東三之の証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すると、原告は農家より緑茶の荒茶(原茶)を仕入れ、これを数日中に香茶、煎茶及び粉茶に仕わけし、煎茶については葉を切り揃え、客の注文があり次第これ等の茶を適当に混ぜ合わせて販売しているもので、原告が訴外水了軒に販売した特殊茶も右のようにして製造した混合茶であることが認められるから、被告主張のように水了軒用の特殊茶の期末棚卸高が四、九五〇円であり、その後右特殊茶を仕入れた事実がないのに原告か、昭和三二年四月二日及び同月五日に各九、〇〇〇円の特殊茶を販売した事実があつたとしてもこのことから直ちに原告の期末棚卸表に計上洩れがあつたとすることはできない。又証人東三之の証言によると原告はその店舗に直接持込まれた商品を現金で仕入れた時は売主の住所を特に確認しておらず、訴外小林武一の場合も店舗での現金仕入であるため、その住所を特に確認していなかつたことが認められるから、被告の訴外小林に対する照会文書が二度にわたつて返戻された事実から直ちに右訴外人が架空人であり、右訴外人との取引が架空取引であると断定することはできない。次に被告は、原告が右訴外小林から昭和三二年三月一〇日に仕入れた原茶八〇、七五〇円が原告期末棚卸表に計上されていないことから、原告の期末棚卸が不正確である旨主張するが、前記のとおり原告は仕入れた原茶を数日中に番茶、煎茶及び粉茶に仕わけして販売しており、証人東三之の証言によると原告が訴外小林から仕入れた右原茶も期末までに右のように仕わけして期末棚卸表に計上したことが認められるのでこの点に関する被告の主張は失当である。又原告が訴外藤田六平より昭和三一年七月に七二、〇〇〇円、同年一〇月に四二、五〇〇円の原茶を仕入れた旨記帳していることは当事者間に争がないところ、官署作成部分については当事者間に争がなくその他の部分については証人松成直一の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証によると、訴外藤田六平は被告の照会に対し原告に販売した原茶は昭和三一年六月に三二、〇〇〇円、翌七月に一〇、四〇〇円(いずれも右同日現金で決済ずみ)である旨回答していることが認められるから、原告の右記帳内容と訴外藤田の回答は喰違つていることが認められるが、証人東三之の証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すると、右訴外藤田からの原茶仕入れは、いずれも原告会社の取締役で原茶の仲買もしている訴外草水正義を通じて行われたもので、原告の右記帳も訴外草水の申出に従つてなされたものであることが認められるから、訴外藤田の被告に対する回答と原告の記帳内容が喰違つていることから直ちに原告の右記帳が虚偽或は架空仕入の記帳であると言うことはできない。最後に被告は、本件事業年度中病気で隠居していた健次に対し原告が最高給を支払つていたことを、原告の帳簿の不真実性の一証左として挙げているが、証人東三之の証言及び代表者本人尋問の結果によると健次は病身ながら本件事業年度中原告会社の代表取締役として茶の選別等の業務に従事し、原告のために重要な役割を果していたことが認められるうえ、同族会社の役員に対し過大給与が支給された場合は、その過大分の損金性を否認し、これを当該会社の利益に計上すればよいのであるから、右の事実から直ちに原告の帳簿全体の信憑性を否定することはできない。右認定の事実も前記推計の適法性を左右するものではない。
三、よつてすすんで被告主張の推計方法が合理的であるかどうかにつき判断する。
1 前記のとおり本件は法人税第三一条の四第二項により所得を推計することが許容される場合であるから、原告と類似の事業規模を有する法人の収益率及び営業利益率に比率して原告の所得を推計することも許されなければならない。ところで証人山村秀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二と、同証人の証言を綜合すると、被告が本件推計計算の根拠とした茶小売商に関する効率表(前掲乙第一号証の二の内中央の欄に記載の部分、以下単に本件効率表という。)は、被告が大阪国税局管内八四税務署のうち三軒以上の茶小売業者を所轄している税務署に対し、過去の申告が誠実であつて、業態の把握ができ、営業規模が大体中庸であると認められる茶小売を業とする法人(以下単に法人という。)の営業内容(売上利益率、総経費率、営業利益率等)及び営業規模(従業員数)を所定の用紙に記入させ、一税務署につき三法人宛提出させ、被告においてこれ等の資料中売買利益率、営業利益率等が大体同じ位のものを一〇ないし五件選出し、更にそのうち最も平均的と認められる法人を抽出してその法人の生の数値をそのまま掲げたものであることが認められるから、これを推計に用いるにあたつては本件効率表に挙げられている法人(以下対比法人という。)と推計課税をされる法人とが営業場所及び営業規模において類似していることが必要でおる。よつて被告が本件につき対比法人として選択した法人と原告との類似性について検討する。
本件事業年度中の原告の平均従業人員数が五、七五名であることについては当事者間に争がない。前記のとおり原告は大阪市北区黒崎町三八番地に本店を、同市北区本庄中崎町公設市場内に直売所を有し、全仕入額の七〇%を農家より原茶で仕入れ、これを国鉄城東線天満駅附近の高架下倉庫で番茶、煎茶及び粉茶に仕わけし、煎茶については葉を切り揃え、製品として仕入れた茶とともにこを右本店及び本庄市場直売所で販売しており、原告の損益計算書等決算書類上算出される売上高は五、二二五、二一三円、売買利益率は二七・九%である。そして前掲乙第一号証の二証人山村秀雄の証言を綜合すると、本件効率表に掲げられている対比法人は従業人員五名、営業地大阪国税局管内、売上高六、〇〇〇、〇〇〇円、売買利率二七・六%営業内容は茶の小売九〇%卸一〇%で茶の簡単な加工を行つていることが認められる。そうすると従業員数と売上金の比率においては対比法人の方が原告より優れており、かつ営業地が原告は大阪市内の商業地帯にあるのに対し、対比法人は大阪国税局管内というのみで具体的には不明であるが、他の面では両者は殆ど類似しているというべきである。そして原告の営業地は大阪国税局管内の一般の茶小売業者に位べて特に場所的に劣つているとは認められないから、本件効率表に掲げられている対比法人の数値を採用して原告の所得を推計することは一応許容されなければならない。
2 所得金額
(一) 総収入金額(売上金)及び営業利益金額
被告は、原告の営業利益金額を算出する方法として、前記本件効率表に掲げられた対比法人の従業員一人当りの年間収入金額を原告の期中従業員数に乗じた額を原告の収入金額(売上金)とし、これに、対比法人の営業利益率を乗ずる方法によるべきであると主張し、但し、(一)健次が病弱で全く業務に従事していないこと、従業員中訴外敏子は家事のかたわら原告の業務に従事していることを勘案して原告の期中従業員数はその平均実数五、七五名によらず四名とし、(二)原告が静岡、宇治方面の農家より原茶を直接仕入れて加工販売していること、原告の本店及本庄市場直売所がともに商店街販売が主であつて、値引販売を行い、とくに右直売所においては毎月三日間特価販売を行つていることを勘案して営業利益率は前記本件効率表による一一・〇%によらずこれより〇・七%減じた一〇・三%とするのが相当であると主張しているので判断するに、前記対比法人の数値を採用して原告の所得を推計することが許容される以上、その営業利益金額の算出に当り、対比法人の従業員一人当りの年間収入金額を原告の従業員に乗じたものを原告の収入金額(売上金)とし、これに対比法人の営業利益率を乗ずる方法によることは合理性を有するものというべく前掲乙第一号証の二に証人山村秀雄の証言を綜合すると、対比法人の従業員一人当りの年間収入金額は一、四〇〇、〇〇〇円、営業利益率は一一・〇%であることが認められ、且つ原告の本件事業年度間平均従業員数は五、七五名であることは当事者間に争のないところであるが、前記被告が自認する(一)(二)の各事実が存する限り、原告の従業員数及び営業利率益は前記平均実数及び対比法人の営業利益率そのまま採用することなくこれを修正すべきものであるが、右被告の自認する事実からすれば原告の従業員数を四名以下に、営業利益率を一〇・三%以下に修正しなければならない理由は見出されず、他にこれらをそれぞれ右以上に更に逆減しなければならない様な事実については何ら主張立証がないので、右を四名及び一〇・三%としてなした被告の計算方法は合理性を失わないものというべきである。
従つて、本件事業年度における原告の総収入金額を一、四〇〇、〇〇〇円に右期中平均従業員数四名を乗じた五、六〇〇、〇〇〇円として、これを一〇・三%の営業利益率を乗じた五七六、八〇〇円を営業利益金額とする被告の主張は理由がある。
算式 1,400,000円×4(名)= 5,600,000円
5,600,000円×10.3% = 576,800円
(二) 営業外損失
原告の本件事業年度の営業外損失(前記営業利益金額から控除すべき金額が三一八、九八五円であることは当事者間に争いがない。
(三) 差引純利益
従つて前記(一)の営業利益金額五七六、八〇〇円から(二)の益業外損失を差引いた金額二五七、八一五円が原告の本件事業年度の所得金額となる。
3 右所得金額に対する税額
右所得金額二五七、八〇〇円(国等の債権債務の金額の端数計算に関する法律第五条により右所得金額二五七、八一五円のうち一五円は切り捨て、)に法人税法第一七条一項一号の規定による税率百分の三五を乗じて計算した金額九〇、二三〇円が原告の本件事業年度の法人税額となる。
4 過少申告加算税
原告が確定申告に基き本件事業年度の法人税として一八、五一〇円を訴外税務署長に納付したことは当事者間に争がないから、本件更正決定に基く過少申告加算税は、前項記載の法人税額九〇、二三〇円から右既納法人税額一八、五一〇円を控除した金額七一、〇〇〇円(但し法人税法第四三条四項、第四二条四項により一、〇〇〇円未満の端数七二〇円は切り捨て、)に法人税法第四三条所定の百分の五の税率を乗じた金額三、五五〇円である。
四、以上認定したとおり原告の本件事業年度の所得金額は二五七、八〇〇円、法人税額は九〇、二三〇円、過少申告加算税は三、五五〇円となるから、その旨更正決定した訴外税務署長の本件更正決定は適法であり、従つて同決定を相当と認め原告の審査請求を棄却した被告の決定も適法で、原告の被告に対する本訴請求は失当であるからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長 石崎甚八 潮久郎 元吉麗子)
別紙<省略>